このブロウは社会学かぶれの自分が、日々過ごす中で感じた事、読んだ物、多々ある中、適当に思った事をちょっと社会学的に見てみようか、程度のブログです。


by gsocio

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豚インフルエンザにより

f0192765_1983294.jpg29日に両親がゴールデン・ウィークを使って一週間ほどボストン遊びに来るはずだったが、急遽延期になった。理由は勿論、「豚インフルエンザ」。確率論から言えば海外への渡航を避けて、国内を車で旅行した事によって交通事故に遭う確立の方が、こちらに来てインフルエンザにかかる確率よりも高いと思うのだが。

実際のところは、父も余りインフルエンザの事は気にしていない様子。問題はインフルエンザにかかるかからないと言った事よりも、会社の立場上来れないとの事。父の会社では現在北米への出張禁止、旅行自粛が社員に出されているらしい。父の立場はそう言った事を聞く側ではなく、上から言う方なので、言った本人が旅行は出来ないとの事らしい。

この様な父の会社と同じく北米等の海外への渡航を控えるようにと、社員に通達している企業はどの位あるのだろう?もし、その様な企業が多い場合、海外に流れるはずだった消費が国内に向かうとどの程度の経済効果があるのだろう?

その前に、もともと海外に行く予定はあったのだろうか?


ともかく、両親が来るとの事だったので部屋を片付ける口実が出来、綺麗になった事は収穫だった。
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by gsocio | 2009-04-29 19:15 | ボストンの学生生活
f0192765_1825288.jpg先日ボストンで前参議院議員の 武見敬三先生の講演があったので参加させて頂いた。今回の主催はJaRANと言う何時も参加させていただいている、研究者交流会とはまた別の組織だ。しかし、メンバー的には重なっている部分も多い。色々な団体がそれぞれの特色を生かして、色々な講演を開催してくれ、それに参加できるのがボストンに居る最大のメリットかもしれない。

講演の内容は小泉内閣後の自民党内の政治ゲームの内容と、これからの民主党の政権奪取の予想など。内容的には、まあこんな物かなといった感じ。主催者側のお願いも、「わかり易く今の政治状況などを話してください」と言う事だったので、致し方ないだろ。内容的に私の見識と先生の見識にずれが有ったものの、先生の政治家としてのスタンスなどは共感が持てた。

武見先生は講演内で衆議院選挙後の政局の大連立構想の展望等も御話になったが、個人的には永田町の政治ゲームには興味はない。所詮は左派政党同士の権力争いでしかない、だからこそ二大政党制等と語っておきながら、大連立なんて話も同時に出てくる。個人的に興味があるの衆議院選挙後の国民、特に若者の反応だ。

ここからが本題。

先の参議院選挙の頃からだろうか、若者の間で「選挙に行かない奴は、政治を語る資格はない」と言う様な論調の意見が目立ってきた。この考え自体は幼稚な考え方であって、選挙に行かなくても政治を語る資格はある、選挙だけが国民の政治参加権ではない。第一、選挙に行って政治活動をしている人間が、「選挙に行っても、政治活動をしていない奴が政治を語るな」と言ってしまったら先の意見は元も子もな無くなってしまう。「リアル」によって「資格」を得ると言う考えは幼稚だ。

しかし、この様な若者の考えが目立ってきた原因は、彼らが置かれている世の中の変わらなさや、社会の閉塞感に対してのフラストレーションが溜まっている表れではないだろうか。けっして優越感ゲームをしているわけではないだろう。事実、先の参議院選挙に置いて自民だけではなく、社民、共産の票が民主に流れた背景には、とにかく政局を変えないといけないと言う思いが価値観は違えど自民党でない唯一の対抗勢力と成り得る民主党に流れたからであって、けっして先の参議院選挙が民主党の政策が評価された結果でない事は民主党自身が承知している所だろう。

しかしながら、若者の「選挙に行かない奴は、政治を語る資格はない」と言った感覚は、先の選挙結果のそれ以上の物があると私は考える。その自身が抱える政治参加への多様性の無さによる危うさが、変革に加担しないものに対して敵意にも似た言論封殺的な発言に現れている。勿論、マスコミによる投票率の低さへ対する問題定義とそれが変革を遅らせていると言う意識が元に成っている事がその背景にあるが、もし選挙で大連立でも、民主党単独政権でも良いが、何か今の閉塞感が変わる事への期待に答える事が出来なかった時に、若者のフラストレーションと絶望感は何所に向かうのだろうか?
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by gsocio | 2009-04-14 18:32 | 社会系
f0192765_16233795.jpg今月も交流会に参加させてもらった。

今回の交流会は参加者が非常に多く驚かされた。今回のテーマが開発系と妊娠という全く別の分野ながら、研究者だけではなく一般の方にも興味を持たれるテーマであった事が理由だろうか。

今回の発表の私の中での注目は後半の発表「妊婦を取り巻く臨床心理のかかわり」だ。男性の自分にとっては余り考える機会さえない事柄なので、この様な場で理解が深められることは有難い。

:以下引用

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「妊婦を取り巻く臨床心理のかかわり」(産婦人科医、臨床心理士の合同発表)

岸本早苗
Research Manager, Institute for Professionalism & Ethical Practice, Children’s Hospital Boston
ハーバード公衆衛生大学院(2008年卒) 臨床心理士

吉田穂波
ハーバード公衆衛生大学院
元ウィンズ・ウェルネス銀座クリック 産婦人科医

産婦人科、出産にまつわる皆さんのイメージはどのようなものでしょう?「お産は病気ではないのだから」といわれますが、妊娠、出産は様々な変化やリスクと隣あわせです。

産婦人科医の役割として、異常経過を予知し、対処をし、胎児に異常がなければ、これまで母体の精神面心理面は見逃されがちでした。心理面での不安をくみとる医師向けのトレーニングはなく、現場ではなかなかそこまで対応できないのが現状です。産科で働く心理士は、産科と精神科のリエゾンのような役割を担い、妊娠から出産後にいたるまで、患者の心理面の支援をしています。

今回の発表では、妊娠に伴っておこる体と心の変化やその対応、医師や心理士がどのようにチームで働いているのか等について、事例も用いながらお伝えし、皆さんと議論できればと思います。男性の皆さんにもぜひきていただき、女性への理解を深めていただければと思います。

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今回の発表で産婦人科に置いても心理士が必要に成って来た事がよくわかった。一昔前なら何らかの形で現在心理士が行っている妊婦の精神的なサポートを行える社会が存在していたのだろうが(もしくは日本的な女性に不の面を押し付けていただけかも知れないが)、社会の変化に伴い妊婦の精神面をサポートする存在がなくなってしまったのだと。

70年代の郊外化が進んだ時代でも妊婦は実家に帰って出産していたので、精神面のケアは実家の村社会的な物によって成されていたと想像するが、今はどうなのだろう?そう言ったものが無くなってしまった為に心理士必要に成ったのだと思うのだけれども。

現在の問題は社会が変わってしまったのにシステムがそれに追いついていないことだろう。もちろんシステムは往々にして社会変化を追う形に成るので仕方ないのかも知れないが。

ここで、この様な妊娠の議論のもう一つの問題は男性の参加が余り話されていない点だ。もちろん、男性は妊娠もしないし、今まで女性の妊娠に置けるサポートを担う必要性は経済面と医学の面に置いて以外は殆どなかったからだろうが、社会変化に伴い女性の妊娠に対して参加する事も求められる事になるだろう。この問題はマスの問題ではなく個の問題として捉える事が必要だろう。マスにも出来るがそれは効率的ではない。なぜならば一対一と言う濃密な関係が築ける環境においてマス的論理を用いる事は個々のきめ細かいサポートを無視する事に成りかねない。心理士の場合は受け持ちの患者が多いので一対一とは見ないので、マス的見方が必要だ。

その様な考えの下「男性が奥さんの妊娠中に株を上げるにはどうすれば良いか?」と言う質問をさせて頂いた。この質問の意味はいかに男性の参加を促すかにある。口でいくら参加を唱えても経験する事のけっしてない男性にとって妊娠は他人事でしかないし、それ以上になりえない。しかし、その事柄を元に自己の利益に繋がる可能性があるのであれば男性参加の理解も深まるはずだ。わかり易く言えば、男は女性の事は理解しようとはしないが、女性にモテる為に女性を理解しようとはする。

妊娠に係わる心理士の置かれている状況でも気になった事がある。それは心理士に掛かる事に抵抗がある女性が多い事だ。もちろん今の日本社会の精神障害者等に対する状況を考えると解らなくもない。しかし、知っておく事や、理解を深める事によって助かる事は多い。その前に心理士掛かる事それ事態は大した事では内規が私はするが。

この産婦人科における臨床心理士の状況が「性犯罪被害にあうということ」という本の内容と似ているなと思わされた。性犯罪被害者になった場合に、すぐに対処すれば防げたかもしれない後の色々な事柄もシステムは整っているにも係わらず、性犯罪被害者に対する日常の自己の偏見の目と情報不足から、対処が遅れる事は多い。例を出すならばレイプされた後に警察にすぐに行けばちゃんとした対応と医療的な対応もしてくれる、それにより望まぬ妊娠も防げる。勿論精神的ケアまでは対処できる事はないが警察に行った事により助かる面は大きい。しかい、現実はかなり遅れて被害届を出す被害者が多い、また著者のケースでもある様にその事柄自体を恥だと思う周囲(著者の場合は母親)の圧力によって被害者は全てを抱え込む事を強いられる。勿論、妊娠と性犯罪被害を同等に捉える事は出来ないが、比較できる要素は多い。

事前にある程度の知識と理解が本人と周囲にあれば的確に対処できる事柄は多い。これは妊娠に係わる臨床心理士だけの問題だけではなく、妊娠を取り巻く社会的変化全体にも言える事だろう。臨床心理士の社会的認知度をマスの視点から高めていく必要があるだ。

妊娠を取り巻く環境が個の面に置いても、マスの面に置いてももう一度見直す必要性が求められているのだと意識させられた今回の交流会だった。
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by gsocio | 2009-04-05 08:20 | ボストンでの交流