このブロウは社会学かぶれの自分が、日々過ごす中で感じた事、読んだ物、多々ある中、適当に思った事をちょっと社会学的に見てみようか、程度のブログです。


by gsocio

アメフト@ハーバード

f0192765_1475248.jpgハーバードのアメフト部に所属している友達の対コロンビア戦の試合があり、チケットを手配してくれたので、応援に行ってきました。試合前に他の大学から応援に来た友達と合流し、ちょっと経済とか投資とか(内定先の理由からか)話しながらピザをつまむ。

ピザはやはりピノキオ。私の親戚が25年程前に大学生だった頃からハーバードの路地裏に在る小さなピザ屋。長年学生達に愛されている理由はやはり、その味の良さだろう。ハーバード・スクウェアーには沢山のピザ屋がある中で、ここのピザは格段に美味しく感じる。そんなピザを食べ試合を見に向かった。

試合はハーバードの大勝。今シーズン一試合しか負けていないハーバード対、今シーズン一試合しか勝っていないコロンビアでは当然と言えば当然の結果でした。

しかし、肝心の友達は試合において出番は無く。彼の背番号のみを確認して終ってしまった。今度は頑張って試合に出て欲しい。

そうでないと、応援にならない。w
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# by gsocio | 2008-11-08 14:05 | ボストンの学生生活
f0192765_20115321.jpgMIT Sloan 遊学記を読んでいて、ソフトパワーに付いてもう一度考えて見たいと思う。ソフトパワーに付いて知ったのは二、三年前の事だったと記憶している。ソフトパワーとは軍事力や経済力等のハードパワーではなく、文化、政治的価値観、や政策の魅力によって共感などを獲得する事により、国際社会で発言力を増していく事とと、その時はぼんやりとではあるが、その様に理解した気がする。要するに好感が持てて信頼に値する何かと言う事だろうか。

MIT Sloan 遊学記の中でflauto_Sloan氏は日本のマンガやアニメ等のソフトパワーは経済的効果は薄いものの、海外から日本に対するイメージに大きく貢献しており軽視すべき物ではなく、中長期的な視点から政策の対象となるべきだと主張している。私も賛成だ。

この様な日本のソフトパワーのモデルはハリウッド映画辺りだろうか。現にアメリカとの緊張関係真っ只中だった頃のモロッコのレンタルビデオ店ではオーシャンズ11が一番人気だったし、以外にも好きな国はアメリカと答える人は多いと言う調査結果もあったしかしブッシュ政権のアメリカに対する好感度は低かった。ハリウッド映画がアメリカの国際社会において政治的政策に貢献していたかは疑問が残る。

フランスの人権に対する政治的価値観等は国際政治において立ち位置が解り易い事もあり発言力はそれなりにある。解り易い分、好感も受けやすいだろう。しかしこのソフトパワーはフランスの経済力や軍事力その他の国際社会での影響力があればこその物ではないだろうか。

ソフトパワー、ソフトパワーと、ここ数年言われているが一体どれだけの効果が有るのかと言う事が解らずらい。ソフトパワー事態それ単体では望んだ影響力が獲にくく、ハードパワーの後ろ盾が有ればこそ効果が出るものの様に思えてしまう。第一日本での議論ではソフトパワーによって何がしたいのか見えてこない。それによりソフトパワーの方向性も見えてこないのが現状の様に思える。

あたりまえだ、何故ならば我々日本人事態がもう既にソフトパワーの影響下に居る事さえ理解していないのだから。よく「アメリカは凄い」「アメリカなしではやっていけない」「アメリカには敵わない」、この様な発言をする素朴にする者達が居る。そう思う様に仕向ける事もソフトパワーなのだ。

詰まる所、ハードパワーとは目に見せるもので、ソフトパワーとは思い込ませる事だ。

アメリカあのソフトパワーの場合、ハードパワーを何倍にも大きく見せて、最終的には知識人さえも思考停止に追い込む事が目標だ。こう言う事を書くと、陰謀説や何やらを好きな輩と思われるかもしれないが、私は違う。アメリカの歴史的背景や現在の国際政治での立ち位置、経済力、軍事力等を考えれば特に不思議ではないし、アメリカのソフトパワー政策は間違っていない。

では日本もアメリカの様な方向性でソフトパワー政策をすれば良いとなるかと言えば答えは「NO」だ。日本がアメリカに成るにはもう遅いし、成ろうとも思わないだろう。しかし、日本の国際貢献、特にODA等のハードパワーをソフトパワーとセットにし発展途上国に輸出する事により、ODAのよる好感度をさらに上げる事も出来るだろう。それにより、途上国に「日本は良い国だ」「日本は我々を助けてくれる」「日本に恩返しをしよう」、この様な事を思い込ませる事により、日本の略無条件の賛同国を増やし国際社会で発言力をまして行く事こそが日本のソフトパワー政策だと私は考える。

ソフトパワーは昔思っていた物よりも、かなりドロドロした物の様である....。
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# by gsocio | 2008-11-06 20:13 | ボストンでの交流

選挙結果

f0192765_16221667.jpgオバマ大統領誕生しました。

歴史的瞬間にアメリカに居た事を歳をとってから、「わしは若い頃に..あの時は...」なんて周りの若者に自慢してそな自分が想像出来て嫌です。w

今回の大統領選ですが、結果的に大差でオバマ氏がマケイン氏に大勝した様に見えます。

Electoral Votesでは確かに、

オバマ 349 マケイン 162

なのでダブルスコアなのですが、

Popular Votesを見てみると、 

オバマ 53% マケイン 47%

と、思いのほか差は開いていなかった様です。当初15ポイント差が有ったにも拘らず、最後はポイント差の6ポイント差が示すものはやはり、ブラッドリー効果は結構有ったと言う事なのかもしれません。しかし、アメリカ国民の一割程度の人が世論調査で嘘を付くのを楽しみにしていると言う調査結果があるので、15ポイント差も本当の数字なのかは微妙かもしれません。

しかし、アメリカの大統領選挙の熱気は大変なものがありました。アメリカの大統領選の解り易い構図がテレビ的にも良いからなのかもしれません。テレビではボードゲームの陣取り合戦の如く、両陣営のポイントと獲得した州に青と赤の色に塗られて行きます。この辺は派手さでは劣るものの日本と差は無いような気がしました。州の全開票が終ってないにも拘らず、どちらが勝ったかを局で判断してしまう所なんかもそっくりです。

しかし、むかし日本であったような、開票率0%なのに当確のしるしが付く事は流石に有りません。日本でも、もう流石に無いですしね。
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# by gsocio | 2008-11-06 16:42 | 社会系

選挙

f0192765_8103266.jpgさあ、エレクションだ。

現在東海岸時間で6時過ぎ。

テレビのインタビューに答えるおばちゃんによると、投票率は高いようです。

投票率が高いとオバマに有利に働くと私は考えます。
オバマが勝つことは大方の予想ですし、私もそう思います。ブラッドリー効果は多少は有るものの、今回の選挙戦は大差でオバマが勝つ予想。

理由、

•サブプライム問題による、フロリダをはじめとする高齢の保守層の票が民主党に移っている。

•マケインのイラクに軍をイラクが平和になるまで責任を取る必要があると言う主張の駐留政策より、軍を早期に撤退させる政策を主張するオバマが指示されている。

•オバマの黒人であるけれど、アメリカの典型的黒人(奴隷の子孫)では無い、黒人であって黒人でないキメラ的な特性(このためブラッドリー効果は薄いか)。

•歴史的な変革に参加したいと言う投票者の気持ちによる投票率の増加(オバマにかなり追い風)。

•そして、この日の天気は最高です。

個人的には三番目四番目の理由が面白い。

さて、結果はいかに。


オバマが勝った場合、小浜市と芸人のノッチにもたらす経済効果は幾ら位になるのでしょう。

オバマは小浜市に来るんでしょうか?
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# by gsocio | 2008-11-05 08:13 | 社会系

Halloweenに見る地域社会

f0192765_1623712.jpg31日はHalloweenです。我が家にも子供たちが「Trick or Treat」と言ってやって来ました。

私の住んでいるのは一階で、二三階には大家さんが住んでいます。大家さんは、ここに住んで永いようで近所の子供たちの成長などもHalloweenでよく解る見たいです。Halloweenが地域コミュニティーを纏める役割を担っているのかも知れませんね。大家さんは途中から子供達が来る度に一々下まで降りて来るのが大変らしく、大学生の娘さんと一緒に玄関の階段で2時間も子供達が来るのを待っていました。

映画などでのHalloweenは子供達が各家々を回ってお菓子を貰って行く様子が描かれていますが、実際は少し違って、各家々ではなく指定された家のみを保護者と一緒に回ります色々と危険が多いという事なのでしょう。しかし、危険危険と言っていては何も出来なくなる気がします。このまま行けば、Halloweenが何時の日かコミュニティーで意味を成さない物に成ってしまうかもしれません。

逆に多少のリスクを犯す事によって、コミュニティーの繋がりを強くしていくのはどうでしょうか。昔ながらの感覚で、子供たちが自由に家々を回りお菓子を貰う。リスクはある物の健全な地域社会は信頼の上に成り立つ物であると言う事を地域社会に体感させる事が出来ると思います。つまり、地域社会に住む一人一人がHalloweenの夜に子供達が保護者の付き添いも家の指定も無く、楽しく家々を回れるのは、地域住民の一人一人を信頼しあっているからだと言う認識を共有する事により、地域社会はよりコミュニティーの参加者の手で安全なものに成っては行かないでしょうか。

逆に言えば、現在のシステムはHalloweenに子供が来なければ地域社会んお中には、(自らかどうかはさて置き)居ない事を体感する事になりえます。さらに言えば、自分は地域社会からは信頼されては居ないと言う事にも成り得るのかも知れません。

まずは、実際のリスクがどれだけあって、そのリスクを払う事によりどれだけの利益が地域社会にもたらされるのか考えるの先でしょうね。

と、10分程考えてました。
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# by gsocio | 2008-10-31 15:30 | 社会系

MLBの温度差

f0192765_15475282.jpgワールド・シリーズは田口が所属するフィリーズがワールドチャンピョンに輝いたようだ。毎年日本人選手が所属しているチームが優勝、もしくはシリーズに出ている気がします。日本人選手がチームを引っ張っていると言うよりは、日本人選手がそこまで増えたと言った方が良いでしょうね。

しかし、MLBの地元密着度を知る上で、ワールド・シリーズを優勝したチームの地元を見るのも良いですが、ワールド・シリーズに出ていないチームの地元を見るのも面白いです。我がレッド・ソックスはワールド・シリーズにあと一歩とどかず、プレー・オフ敗退。そんなレッド・ソックスの地元であるボストンは今夜もいたって静かです。敗退した次の日から野球への興味はゼロ。プレー・オフにあれだけ盛り上がっていたにも拘らず。

しかし、逆に言えばそれだけフランチャイズ化が上手く言っていると言う証拠に他ならないのかも知れません。

ちなみにレッド・ソックスが優勝すると、機動隊が出動します。w


写真はボストンで行われたプレー・オフ第三戦目。寒空の中延長まで縺れ込み、サヨナラ負け。次の日私は風邪を引きました。
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# by gsocio | 2008-10-30 16:05 | ボストンの学生生活
なぜ僕は「悪魔」と呼ばれた少年を助けようとしたのか
今枝 仁 / / 扶桑社
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1999年に起きた山口県光市母子殺害事件。その凄惨さや話題性のためか、メディアの報道は加熱の一途をたどった。そしてマスメディアの報道により元少年と呼ばれるFのイメージは、我々の中で作られていった。

友達に宛てた手紙から始まるFの「魔界転生」、「復活の儀式」、「ドラえもんが何とかしてくれる」、検察やマスメディアから発進されるFに対するこれ等の情報は、一般社会に住む我々には到底理解できる物ではなく、裁判の経緯からFの死刑反対派と言われる弁護人達が作り挙げたFを死刑判決が下らない様にするための主張であると言う、マスコミの報道に一般社会に住む我々は疑問を抱かずに乗り、Fとその弁護団を責め、そして憎んだ。

だが、時が経つにつれマスコミの報道と我々一般社会に住む我々との間に少しずつ温度差が出てきた。メディアの報道により我々は事件の全容を把握したかに当初は思えた、しかしメディアの報道が本当に全てだったのか。そんな疑問が少しずつ一般社会に生まれはじめる。

そして2008年4月22日広島高裁でFに死刑判決が下された。その直後から、メディアに置いてFの残虐性や、Fの弁護団の悪質性(差し戻し審での主張)を主張していた知識人と言われる者達の主張が180度変わり、Fやその弁護団の主張は一審から主張されていたと言い始める。一体彼らの主張はなんだったのか、Fを死刑にしたいだけだったのか。そして疑問は確信に成った。我々は事件の全容など全く把握していなかったのだと。

本書はFの弁護団側からの視点でこの事件が書かれている。勿論、本書を読めばこの事件の全てが解る訳ではない。しかし少しは解る。そして考える。Fとは何者なのか、本当に悪魔なのか、一般社会に住む我々と何が一体違うのかと。そして気付く我々がいかに軽率であると。


最後に私の個人的なこの事件に関する意見を。


Fがどの様な幼少期を送送ったにせよ、殺人を犯してしまった事は誰も否定は出来ない。そして被害者に何の落ち度も無かった事も。Don't Blame Me Syndromeと言う物がある、80年代から90年代の初頭、アメリカで殺人犯が無罪判決や刑の大幅な減刑が相次いだ。その理由は幼少期に受けた暴行(トラウマ)が事件を起こす切っ掛けに成った、だから彼らに責任は無い、と言うものだった。しかし、この様な事がまかり通っていては行けないと言う事で、現在は刑の減刑対象には一応成っていない。

では、殺人を犯した者はその犯行の重さによって死刑が法律上妥当な判決であれば、死刑が下されればそれで全てお終いかと言えば決して無い。殺人者であろうと善良な市民であろうと、生まれてから周りの環境によって人格や行動が決定される。人格が周りの影響なしに形成される事などありえない。殺人者とて環境が違えば善良な市民に成りえる。まとその逆も。では、殺人や犯罪を犯すのは、本人の責任だけではなく社会にも責任が有ると言う事になる。

この事実を認めてしまうと、犯罪者に対して減刑をと成りがちだがそうではない。罪を犯した者は罪を犯した者の責任の取り方があるように、社会は社会の責任の取り方がある。社会の責任の取り方とは、この様な犯罪を二度と起こらないようにする事だ。そして社会の一人一人がこの事に付いて考える事だ。この答えは簡単には見つからない、一生見つからないかもしれない。しかし、安易に原因を見つけ、責任を押し付ける事はしては成らない。

光市母子殺害事件において我々社会は被害者の母子2人と加害者Fの一人、3人の命を失った。その事に付いてもう一度真剣に考えるべきだと思う。
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# by gsocio | 2008-10-27 12:16 | 本の批評

This Divided State

f0192765_1314715.jpg前回紹介したSlacker Uprisingのマイケル・ムーアの講演ツアーは色々な場所で歓迎と非難の対象になったと書いた。その中で最も保守的な地域で行われた講演の裏側で地域住民を巻き込んでの大論争を撮ったドキュメンタリー映画がこの「マイケル・ムーア in アホでマヌケな大統領選」だ。アメリカの言論に対するある種の健全さを知る上で良い映画だと思う。

英語名は「This Divided State」とまともな名前です。

日本のイトルにはマイケル・ムーアと出ているが、マイケル・ムーアの作品ではない。そしてムーアが出てくるのはほんの5分程度。町の映画館で働くムーアそっくりのおじさんと分数では同じくらい。なので、ムーア監督を中心とする映画でもなく、ムーアを呼ぶか呼ばないかで揺れる大学、地域住民、生徒達、生徒会、と教授陣を追った映画である。

舞台は2004年にモルモン教とが大半を占めるユタ州の州立大学の生徒会が大統領選の前にマイケル・ムーアを講演で呼ぶ事を企画した事から始まる。

地域住民の大人達はムーアは我々の価値観を壊すと言う理由から、イラク戦争んい対し声高に反対するムーアを呼ぶ事に反対し、また学生の中からも同様の理由からか(本人は別の理由を挙げている)反対する生徒も現れる。

しかし、生徒の多くはムーアの講演を聞く事を望んでおり、大学内は反対派と賛成派が地域住民や教授陣も含めて二分する形となる。

この二分構造がアメリカの言論に対する健全さを物語っているのは、ムーアを呼ぶ事に賛成する者の仲にもムーアに批判的な者が居る事だ。彼らがムーアを呼ぶ事に賛成な理由は、どんな意見でも言論は封殺される物ではなく、また我々が最も嫌う意見こそ我々が最も耳を傾けなければいけない意見だから、という考えからだ。この意見と同様に大学側も大学が二分化されたこの事態を、生徒が活発に発言し合う事から好意的に受け入れている。この辺は日本の大学には無い所だろう。この様な人達が一定数居る事がアメリカの持つ一種の健全さの表れだろう。

しかし、地域住民の代表の町の名士は、自分は損な役回りだと漏らしながらも、講演会場のチケットを全て買い占める案や生徒会役員を訴えるなどし、ムーアの講演を妨害し続ける。そしてマイケル・ムーアやってくる。

最後はかなり後味が悪い結末になるが、アメリカに有って日本に無い物は何かを考える上で興味深い映画である。また、この日本に無い物こそが私がアメリカに憧れる物の一つでもある。

モルモン教の州という背景や大学の立ち位置、地域住民の考え、そして生徒と生徒会の賛成反対双方の議論。この映画は大統領選挙後でも見ておいて決して損は無い映画です。
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# by gsocio | 2008-10-23 13:08 | 映画の批評

Slacker Uprising

f0192765_18415172.jpgもう直ぐアメリカの大統領選挙の投票日が近づいて来ています。私の大学は民主党のブルー・ステイトのマサチューセッツ州という事もあり、オバマ一色です。ついでに町でもオバマの名前をよく見かけます。そんなアメリカの大統領選挙の雰囲気が解るマイケル・ムーア監督の映画Slacker Uprisingを紹介したいと思います。

Slacker Uprisingは、2004年に行われたマイケル・ムーアの演説キャンペーンをドキュメンタリーにした作品です。今年の大統領選にあわせて、失敗した試みとして無料でアメリカとカナダで配信されています。でも、YouTubeで何所の国からでも無料で見れたり。


↓ここで見れます↓
http://jp.youtube.com/profile?user=SlackerUprising&view=videos


このキャンペーンの目的は、マイケル・ムーアが色々な州の大学を講演して周り、18歳から29歳の若者を投票所へと行かせる事。さらに言えば、2000年のゴア対ブッシュの大統領選挙に行かなかった若者(怠け者=Slacker)を投票に行かせる事にある。そして、ムーアが演説をする会場で前回2000年の大統領選では投票に行かなかったが、今回2004年の大統領選では投票に行くと約束すれば、なんと一日分の新品の下着とヌードルがムーアからプレゼントされる。まさにアメリカ的な洒落です。

時を同じくして世界中で話題になった華氏9/11が公開された事も影響して、行く先々で歓迎と妨害が繰り広げられます。

アメリカで大統領選挙の一面をみるには面白い作品だと思います。アメリカのこういった洒落も入れながら政治キャンペーンや活動が出来る所に私は憧れてしまう。そして全体的な学生の政治への関心の高さにも。

Slacker Uprisingは久し振りのムーア監督が作った面白い作品ですが、ドキュメンタリーのレベルとしては華氏9/11やシッコと同じくらいです。ムーアの最高傑作はやはり「ロジャー&ミー」。
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# by gsocio | 2008-10-21 17:32 | 映画の批評
f0192765_1732513.jpg今月もボストン日本人研究者交流会に参加してきました。

今回も大変勉強になる交流会でした。
毎月こうの様な交流化を主催してくださる主催者の方や、発表者の方々には頭が下がります。

今回の注目は菅谷明子氏の知的協創を促すためのコミュニケーションデザイン

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菅谷明子
ジャーナリスト
東京大学大学院情報学環博士課程

ネットワーキングに格好なイベントに参加したものの、なかなか見知らぬ人と話すきっかけがつかめず、結局、知り合いと話すだけで終わってしまった、という経験はありませんか?同じ学部や部署に長い間在籍していたのに、偶然出会って話すまで、お互いに共通点が多いことを知らず、「もっと早く知り合っていれば」と思ったことは?

最近は、Facebookなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に代表されるように、空間を飛び越えて人と人がつながる仕組み作りが急速に広がっていますが、その一方で、同じ物理的空間にいる人たちが、対面してコミュニケーションを交わし、交流を深めるための仕組作りは、意外と試みられていないという現状があります。

そこで、この講演では、人と人とをつなぎコミュニケーションを触発する、空間デザイン、アクティビティのデザイン、ディジタル・メディアなどの事例をご紹介し、知的協創を促すためのコミュニケーション・デザイン戦略について考えてみたいと思います。
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菅谷氏の考える空間デザインによって個々人の行動や思考を変え、知的協創を促すアイディアはなかなか興味深く聞かせていただいた。

空間デザインによる知的協創とは、個々の思考や行動は基本的に本人ないしは、本人に近い人間しか知る事はない(行動に置いては本人も知り得ていない事もある)。しかし、空間を新たにデザインする事によって閉じ込められていた個々のアイディアや、個々の行動領域を変える事により新たな交流を促し知的協創を促す事である。

菅谷氏はHGSDやMITのDスクールの校舎を例に挙げて説明された。これ等のスクールでは生徒の作業場の敷居をできるだけ無くす事や作業場を見渡せる空間等を作ることにより、個々の生徒のプロジェクトが他生徒からも分かるだけではなく、今まで交流が無かった生徒同士が他生徒のプロジェクトに興味を持つ事により交流が生まれ知的協創も生まれる用になっている。

また、この様な大規模な空間デザインだけではなく、例えばオフィスに散らばっているコーヒーメーカーを一つにまとめ、バラバラだった個々の行動の流れをまとめ上げ一つの共有空間に流れるインセンティブ(この場合はコーヒー)を与える事により交流を深める。また、この共有空間に進行している個々のプロジェクト等を簡単にまとめて説明した物等を置けば、よい交流し易くなるだろう。

空間デザインとは別に、オフィスの全員に端末センサーを持たせ、他者との交流行動比率を割り出し個々の交流の内容を把握し、交流の偏りを無くす取り組みなどもあるようだ。自分では自分の交流範囲は広いと思いがちだったりするが、このシステムを使うと自分の交流の内容が数値化されて出るので、意外と知らなかった自分の交流の偏りが解ったりする。交流の偏りが数値化されて解る事により、以降自身の交流を意識的により広い物にしようとする動機が生まれる。この方法はそれなりの結果が数値化して見れるのがメリットかもしれない。

アクティビティー等のデザインでは、今回の交流会の中でも休憩時間を使って行われた。胸に貼ったり首から下げ名前や所属の書いてあるだけのネームプレート等はよくある。しかし、菅谷氏の作ったネームプレートは名前や所属の他に子供の時に成りたかったものや、落ち込んだ時にする事など個人のアイデンティティーを表す事もネームプレートに書く事だ。この他にも、内容を文字ではなく絵等にビジュアルかする等、このネームプレートの内容を場のメンバー構成によって変える事により、より効果的なものになる。このネームプレートに個々のアイデンティティーを知り合う前から表す事により、事前にアイデンティティーの共有や相手イメージがある程度解る。それにより、最初の一歩目の交流がより容易になる。

今回の交流会で使われたネームプレートでは、上記の内容の他に分野ごとに大まかな色分けがあり、参加者は自分の色のテーブルで休憩をし交流を深める試みがなされた。これは参加者のアンケート結果によるもので、参加者の多くは分野の違う方と交流も積極的に行いたいと言う思いがある。しかしあまりにも分野が違いすぎるよりは多少は研究などが解ったほうが交流もスムーズに行くであろうという配慮から、今回のグループ分けがなされた。この他にも、グループ内でのアクティビティーや参加者の配置移動を促すインセンティブ等を加えればより参加者の交流が深まり、知的協創が促される事も可能だろう。

この様なコミュニケーションデザインに少しの工夫で、知的協創を促せると言うアイディアは大変新鮮な物であった。今回の菅谷氏の発表を応用すれば色々な場所や状況に応じて、知的協創を促す事が可能な気がする。

しかしながら、知的協創も問題がある。それは企業などにおいて知的協創がどれほど業績に影響してしてくるかだ。交流会内でもこの事に対しての質問が出た。菅谷氏の答えは企業によって何が業績かが違ってくるので一眼には言えないと言う答えだった(そう記憶している)。確かに、知的協創の成果は数値化するのは難しい。企業の業績が上がったのが知的協創のおかげなのか、他の影響なのかは簡単には解らない。しかし、コミュニケーションデザインで知的協創を促すと言う事は、知的協創が社会に取って有用な事だと言う前提があるからこそである。であるならば、知的協創を促がすだけではなく、企業に置ける知的協創の業績との関連性や有用性等や、社会に置いて知的協創もたらす恩恵等も同時に示す必要があるはずだ。
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# by gsocio | 2008-10-19 13:07 | ボストンでの交流

「W.」

f0192765_7205160.jpgオリバー・ストーン監督の「W.」はブッシュ大統領(以降W.)に対して批判的な映画を見たい人には少し物足らない映画かもしれない。しかしながらブッシュ大統領を語る上で見ておく価値のある映画ではある。監督はこの映画を「人々はこの映画が優しさに満ちている事に驚くだろうと」語っている。私もそう思う。なぜなら映画を見終わった後に、あのブッシュ大統領に対してシンポシーを少なからず抱かずには居られなかったからだ。いや、ブッシュ大統領ではなくW.に。

ストーン監督はW.と同様にイエール大学に入学している。その理由も似ていて、W.は父の命を受けて政治家になる為にイエールに送り込まれ、ストーン監督も証券マンの父に将来ビジネスで成功する為にイエールに送り込まれた。しかしストーン監督はそんな環境が嫌になりベトナムへ行ったが、W.は嫌々ながらも父の言う事を聞きイエールに残りベトナムに召集されない為に州軍に入隊した。ベトナムが二人の分かれ道とストーン監督は語っている。ストーン監督は「ニクソン」ではニクソン大統領を自分の父親と重ね合わせて描いていた。「W.」ではベトナムに行かなかった自分をW.と重ね合わせて描いている。もしベトナムに行っていなかったら、自分はどの様に成っていただろうと。

この映画で注目すべきはやはりW.と父である前大統領の関係であろう。政治家になる為にイエールに送り込まれたと言えば聞こえは良いかも知れないが、ブッシュ家に置いて、長男でありながら素行の悪さからW.は一族内で厄介者扱いされていた。偉大な父親を越えようと反発はするも、偉大すぎて超えられない為に従順するしかない。そして父に期待を寄せられている弟の存在。

1994年のテキサス州の知事選に周りの反対を押し切って打って出る。ブッシュ家は時を同じくしてフロリダ州知事選に出馬した弟のジョブ・ブッシュの応援に忙しくW.を応援する余裕は無いと言われるが、しかしW.は出馬し見事当選する。この時から彼の中で自分と父との関係と政治とを重ね合わせて見る様になって行く。もしかすると、前年に父の大統領二期目を掛けた選挙での敗北を見て、弱い父を見てしまった時からかもしれない。

ブッシュ大統領が大統領に就任以後、周知の通りアメリカの政治状況は今までに無いほど複雑化して行く、そんな中でブッシュ大統領はこの大きな問題を父と子の間の個人的問題として捉えてしまい、自分を含めた全世界の状況を悪化させて行く事になる。

別にブッシュ大統領を擁護する訳ではないが、彼の置かれた状況は同情に値するし、彼の人間性に引かれる所もある。そう思わせるのは、やはりこの映画の優しさなのかもしれない。

最後に、もしブッシュ大統領がストーン監督と同様に自分の置かれた環境が嫌になりベトナムに行っていたら彼の人生は、アメリカ大統領にまで上り詰めても不幸な人生ではなく、もっと違った物に成っていたかもしれないと、私は思った。

まあ、オススメの映画です。
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# by gsocio | 2008-10-18 07:25 | 映画の批評
f0192765_805124.jpgこの頃、風邪が流行っている様で、私も何だかんだ言いながら風邪にかかってしまいました。この時期のボストンは急に寒くなるので、毎年風邪をひいている様な気が。

風邪を引いてしまった時は家で寝ているのに限るのですが、まあ、世の中そんなに上手くは行っていなく、仕事があったり学校があったりで中々休む事は出来ないものなので。しかし、やはり結構な熱まで出てくると流石に休まなくては成らなくなってきます。

そう言えばこんな話が有った様な。風邪の時は会社に行って、風邪でない時に風邪と言って会社を休んで遊べ。つまり、風邪でも会社に行けばヤル気の有る人として好感を持たれて、風邪でない時に風邪と言って会社を休めば普段は風邪でも来る人が来ないのは、きっと重い風邪を引いているに違いないと周りは思い、休んでも反感をかう所か逆に心配される。
でも、これってやっちゃ駄目だよな。ばれたらクビかな?

風邪を引いて、ふと思うのが風邪の経済効果。風邪を引くと多かれ少なかれ会社を休むだけではなく、行動範囲や消費能力が下がってしまいます。多くの人はただの風邪なら病院にも行かないでしょう。そう考えるとやはり風邪が流行る時期は風邪の影響でマイナスの経済効果があるような気がします。まあ、と言ってもたいしたマイナス効果は無いとは思いますが、業界によってはプラス、マイナスの経済効果はあると思います。でも、どの業界に風邪の影響があるのでしょうね。

生姜がよく売れるとか?
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# by gsocio | 2008-10-12 20:40 | ボストンの学生生活

学生生活開始

f0192765_739233.jpg今週からやっとクラスが始まります。他のクラスはもう既に始まっているのですが、今学期は1クラス(卒論)しかとっていないので、ゆるい学校にさらにゆるいクラスが出来てます。さらに、学期中にオフィシャルなクラスは8回しかないので、さらにゆるいです。他にも一応独自の研究が有るのでちょくちょく学校に行きますが。

しかし、卒論のテーマを何にするか考え中です。一応、経営学専攻なのでそこまで大変ではないようですが。絞ったテーマは雇用システムの比較と労働組合再生論。どちらも社会学的にも書けるはずなのですが、一応自分は経営学専攻なのでそちらに沿って書く予定です。


そう言えば以前に友達に教えてもらった「15の夜」の替え歌で「D5の夜」なる替え歌があるそうです。

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D5の夜

書きかけの修論とバイトばかりしてる俺
パソコンの前で上の空 届かない夢を見てる
居場所のない研究室のドクター殴りたい
言葉の裏 皮肉を込められ言われれば逃げ場もない
図書館にこもり 背を曲げながら
言葉の一つも解りあえない文献たちをにらむ
そしてドクターたちは今夜修論の下馬評を立てる
とにかくもう 学校や家には帰りたくない
自分の研究が何なのかさえ 解らず震えている
M2の夜

盗んだテーマで走り出す 行く先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
誰にも縛られたくないと 逃げ込んだ大学院で
自由を失った気がした M2の夜

冷たい風 冷えた体 人恋しくて
夢見てるマスターの発表を 「ダメだ」と呟き叩き潰す
闇の中 ぽつんと光る 学会発表
一晩あれば書ける業績 ひとの論文まる写し
公募の結末も解らないけど
教授と俺は就職だけ ずっと夢に見てる
教授たちは博論を書けよ書けよと言うが 俺は嫌なのさ
就職活動が俺達の全てならば
なんてちっぽけで なんて意味のない なんて無力な
D5の夜

盗んだテーマで走り出す 行く先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
覚えたての学説ふかし 論文をやっつけながら
仕事を求め続けた D5の夜

盗んだテーマで走り出す 行く先も解らぬまま
暗い夜の帳りの中へ
誰にも縛られたくないと 逃げ込んだ大学院で
自由になれなかった D5の夜

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こうはなるまい。
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# by gsocio | 2008-10-02 16:52 | ボストンの学生生活
f0192765_759937.jpg先週末にボストン日本人研究者交流会に参加してきました。

今回の発表で興味深かったのは第二部の、

「リーダーの条件と育成 ~ボストンでの経験から考える~」

柳沢 幸雄
東京大学大学院新領域創成科学研究科 教授
元ハーバード大学公衆衛生大学院環境健康学科 併任教授


日本とアメリカの最も歴史のある大学であるハーバード大学と東京大学での研究、教育経験をもとに、OfficerとStaffをキーワードにして、日本とアメリカの大学システムを比較する。研究の企画と実施、教育企画と実施のプロセスから、意思決定におけるOfficerとStaffの役割、処遇を紹介する。

大学での経験をもとに、OfficerとStaffの役割の違いを明示し、意識するアメリカ社会と、名ばかり管理職が横行することからも明らかなように、管理職と非管理職の間に明確な意識の差がない日本社会との間に存在する意思決定プロセスの違いを考察する。意思決定プロセスにおける実質的決定者はだれか、その権限と責任、責任への対価として給与を通じて、リーダーの条件とリーダーを育成法について考える。

でした。


柳沢教授の提示する大学研究に置けるリーダーシップと責任の明確性の議論は大変興味深い物であった。しかしながら研究をするにあたり研究への出資を大学外からに頼る事は理系ならまだしも文系の研究では中々難しい物がある気がする。勿論文系の研究の中でも社会的に認知され、出資されるような研究は沢山あると思うが、社会的に認知されず研究資金が集まらない研究もあるに違いない。その様な研究に対してどの様な対処が必要なのだろう。勿論、研究をする者が自己の研究資金を集めるにあたって出資者を募り出資をして貰う様に働きかける重要性も理解できる。研究者の努力によってまかなえる部分もあるであろう。しかしながら、その様なシステムでは研究者が知識人かつ社会的リーダーとして存在する事は難しくなる様に思えて成らない。

エドワード・W・サイードは自己の著書「Representations of the Intellectual」の中で知識人の定義として、社会的力=政府等からの肩書きや名誉有る賞等の上からの、取り込みが行われた時に人は知識人に成るとされている。また知識人は虐げられ、忘れ去られ、声を上げられない者達の声を代弁する役割があるともしている(しかし決して忠誠を誓っては成らないとも)。その観点から考えるならば、研究者が自己の研究に対して出資を募る際に代弁者としての研究は大変難しくなるだろう。また、政府からの肩書きや名誉有る賞等を持っていると当然外からの出資は見込みやすくなる。そうすると研究者は政府からの与えられる肩書き欲しさに政府よりの見解をせざる得なくなる。また、名誉有る賞も同様で、賞を取るための研究や発表に方向性がどうしても行ってします。

これは仕方のない事で、研究費がなければ研究者は研究が出来ないのだから。その様な環境で知識人としてリーダーは大変厳しい立場に立たされていると思う。この事に付いて柳沢教授に質問してみたが、納得が行く答えは得られなかった。勿論自分の質問も解りづらかった事も有るのだけれど、この問題に簡単な答えは元々ないからだ。

研究者が自己の研究に対して賛同者や出資者を集める好意は大事だ、しかし賛同者や出資者ばかり見ていては問題だ。同様に、賛同者や出資者が研究の説く特性上、中々現れない研究でも大事な研究もあるだろう、しかしだからと言って外に目を向けずに研究に没頭すれば良いかといえばそうではないはずだ。

柳沢教授にもう少し御話を伺いたかったけれど、後に予定が詰まっていたので、発表後直ぐに会場を後にしなければ行けなかった事に少し後悔。
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# by gsocio | 2008-10-01 16:38 | ボストンでの交流
f0192765_753109.jpg今週のアエラを読んでいると、興味深い記事が有った。

福岡の母子幼児殺害事件関係の記事の中から引用、

警視庁のまとめでは、今年上半期に子供の殺人又は殺人未遂容疑で検挙された実母は16人。うち11人は犯行後に子と一緒に死のうと殺人未遂を図っている。『心に狂いが生じるとき』の著書で知られる精神科医の岩波明氏によると、「母親は子供との一体感が強く、特に日本は母子心中の割合が高い。子供の独立した人格として認めず、親の所有物とみる向上あります」一方で、類に事件の走者関係者の中には、「我が子を手にかける母親は、限りなく自己愛が強い」と言う意見もある。

自己愛との繋がりがしっくり来なかったのでWikipediaで調べてみると、以下引用、

ナルシシストの多くは正常に機能していない家庭に産まれる。ナルシシストを生み出す家族の特徴は、家族に問題があることを内外に対して強く否定することである。このような家庭では虐待が珍しくない。子供は優秀になることを望まれるが、それはナルシシズムの目的に至る手段としてでしかない。両親は、貧困や未熟な感情、そしてナルシシズムといった素因をもち、そのために、子供の能力の限界と感情の要求を正しく認識し尊重することができない。その結果、子供の社会化は不完全になり、アイデンティティーに関わる問題が起こる。

確かにこの事件では母子共に障害はあったが、母親はそれでも問題なく生活と子育てが問題なく送れる様に努力をしていた。障害に対しては可読以外の周囲の人達はは、母親に障害が有る事は知っていた様だが、子供に障害がある事は知らなかった様だ。確かに自己愛が強いと言えるかもしれない。

日本は他国に比べ、身内間での殺人が目立って多い。殺人事件の90%以上は被害者の顔見知りの犯行で、内身内は40%以上の割合を占めている。この統計は明治から変わっていない。そう言った意味では、親子間での殺人事件は特に目新しくは無いのだけれど、犯行動機が昔と今では違う気がするので(あくまでも気が)、調べてみるのも面白いかもしれない。
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# by gsocio | 2008-09-30 14:31 | 社会系

ブログ説明

このブロウは社会学かぶれの自分が、日々過ごす中で感じた事、読んだ物、多々ある中、適当に思った事をちょっと社会学的に見てみようか、程度のブログです。
考えを文章化する事によって自分の中で問題に対する理解が深まれば幸い程度の結構自己満足ブログ。

そんな勝手なブログですがコメントなんか貰えると嬉しかったりします。
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# by gsocio | 2008-09-29 18:53 | はじめに